「生徒」というより「友」だったのかも知れない。そんな存在だった。
今朝電話をもらい、電話口で絶句した。
あまりにも早い、早すぎるよ!啓子さん。
猫が大好きで「8匹も飼っている」という、啓子さんのホームページはここ。最後まで、自分の命のことより、猫のことを心配していた。
啓子さんは、まじめでがんばりやさんだった。
車で30分もかかるところから休まずに4年も通ってくれた。
初めて来たときには、パソコンを触ったことがないまったくの初心者だったが、Wordをやり、Excelをやり、ホームページまで作れるようになった。
教室が1年間休業したときには、他所へ行っていたようだが、再開するとまた来てくれた。
タイピングページの常連でもあり、本当にがんばっていたのだ。
4月に最後に電話くれたときにも「早く教室に戻りたい」と言っていたのに・・・もう帰ってこれないんだね。
まじめ啓子さんと、啓子さんの友人まさこさん、私とで、時々さぼって食事に行った
授業をサボることを提案するのは、いつだってまさこさん。
最後に食事をしたのが昨年の8月。そのときはお寿司を1人前平らげた。食欲はちゃんとあった。
しかし、昨年は、恒例の3人忘年会はできなかった。なぜなら秋に検診で胃癌が見つかってしまったのだ。
「必ず戻ってくるから」と、言い残して10月から彼女は休みに入った。
入院しても手術するわけではないので、3日で退院してきたと、電話口で笑って言った。
いつも口癖は「はやくパソコンに戻りたい」
このブログを見るのが楽しみだとも・・・・
この記事もきっと天国で見てくれるよね。
抗がん剤で毛が抜けてしまう、というので、私は帽子を編んでプレゼントした。
クリスマスには、せめてものなぐさめにと、踊りながら回転するオルゴールを送った。
年末に、その帽子をかぶって私のところにやってきた。帽子をとって見せてくれた痛々しい頭。
それでも元気そうだったのに・・・
「桜が咲くころには教室に帰ってこれるかしら」と、期待と不安が入り混じった表情で言った。
3月に手術をしたと聞いて、少しほっとした。手術さえできれば悪い部分を取れるのでは?という思いが、啓子さんにも私にもあった。
4月になって彼女から電話が入った。
だんな様が癌になって入院してしまい、12時間に及ぶ大手術をしたのだという。
その間、猫が心配なので、一人で家で猫の世話をしているのだと・・・・
4月いっぱいでだんなさまが退院してくるので、それまではがんばるのだと言っていた。
啓子さんちの重なる不幸を知り、愕然とした。
その後、連絡がぱったりと途絶え心配していたところ、つい先だって、啓子さんが最入院したことを聞いた。妙に胸騒ぎがした。
見舞いに行ってよいものか迷っていた。
そのさなかの今朝の電話だった。
葬儀はやらず身近な者だけの密葬だという。
身近じゃないのに、最後のお別れに呼んでもらった。
さぞかし苦しかったでしょう。
その苦しさから開放されたんだね。
もう、怒ったり、笑ったり、食べたり、一緒にできなくなったけど
でも、いつまでも、いつまでも、忘れないよ。
優等生の啓子さん・・・
天国で、あんなにやりたかったパソコンをやってください。